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ハビタットの災害救援戦略
2004年12月26日の日曜日の朝、インドネシアのスマトラからそう遠くないインド洋においてひとつの地震が発生し、インドネシア、タイ、スリランカ、インド、モルディブ、そしてソマリアの各地で津波が起こりました。その結果、生存者は、270,000人の死亡者・行方不明者と何千軒もの家とビジネスの破壊、という悲惨な現実に直面することになりました。
この津波は2005年秋に起こった、一連の大災害の前兆となりました。ハリケーン・カトリーナとハリケーン・リタがアメリカのメキシコ湾岸を襲い、ハリケーン・スタンは中米とメキシコにおいて、致命的な洪水と地滑りを引き起こしました。パキスタン大地震はカシミールの山岳地帯に、家を失い、孤立した人々を残しました。2005年は、いつでも誰をもホームレスにしてしまうような力から誰も逃れることはできないことを、自然が思い出させてくれた一年でした。

主として開発援助機関として知られるハビタット・フォー・ヒューマニティ・インターナショナル(HFHI)は、その一方で、1998年のハリケーン・ミッチとハリケーン・ジョージ、1999年のベネズエラでの地滑り、2001年のエルサルバドルでの地震とインドでの地震など、この10年の間にさまざまな災害に対応してきました。1999年にはこうした事業をサポートし、さらに災害軽減と防災のイニシアティブを促進するために、災害救援局(DRO)が設立されました。
2002年、ファースト・シェルター・プログラム(First Shelter program)が開始されました。このプログラムは、特にハビタットがアフィリエイトを設立していない地域において、他の組織との協力による迅速なサービス提供を重点的に取り扱うための、ハビタットの能力を向上させるために始められました。多くの組織が救援のための素早い動員を行う一方で、ハビタットにとっての最適な仕事は長期的な再建のための基盤、つまり安定を生み出し、安全の感覚を回復させる家を提供することです。人道支援や開発援助の組織とパートナーシップを組むことで、トラウマと戦っているコミュニティの複雑なニーズに対応する、全体的なアプローチが可能になります。HFHIは、アフガニスタン、ブルンジ、シエラレオネ、ドミニカ共和国、グラナダ、ジャマイカ、そして津波被害を受けたインドやインドネシア、スリランカ、タイにおいてファースト・シェルター・イニシアティブのプロジェクトを実施中、もしくは終了しました。
草の根の住宅建設団体としての30年に及ぶ経験と、100カ国以上を含むネットワークを持つハビタット・フォー・ヒューマニティは、ボランティアの募集やコミュニティの動員、長期的再建に文化的にも適した革新的な住宅対応策など、復興事業に独自の貢献をしています。
人為的災害であれ、環境災害、自然災害であれ、世界のどの地域においても、災害は家を失い希望を模索する人々を生み出します。2005年のハビタットの救援活動は、数千人の人々にとって再建への長い道のりの第一歩です。
津波救援:鍵は柔軟性
2004年12月の津波による巨大な荒廃をうけて、ハビタット・フォー・ヒューマニティは被災地でのニーズ調査を行い、2005年1月の初めには救援を行いました。それは大きなチャレンジでした。どのようにして迅速にホームパートナーを認定し優先順位をつけるのか、巨大な需要がある中で、どのように手ごろな価格の建設資材を手に入れるか、土地境界を、その記録が失われたり破壊されたりした場合にどのように確認するか、どのように政府の基準を満たすとともに建築コストを低く抑えるか。
ハビタットのコアハウス―2つの部屋と、後に囲うこともできるオープン・ベランダ―は、恒久的なシェルターを迅速に提供するための理想的なモデルであると思われました。しかし多くの場合において、政府による住宅仕様書はコアハウスを認めなかったのです。インドネシアでは、初めはキットハウス―金属製フレームに合板パネルと金属製の屋根―が考えられていました。100軒のキットハウスが建てられましたが、人々は慣習的なレンガ造りの住宅を希望しました。地元の人々の好みに適合させるために、ハビタット・フォー・ヒューマニティは10,000軒のレンガ造住宅を建てる計画を立てています。
実際、インドネシアにおけるハビタットの復興事業は様々なチャレンジに対して、ハビタットの、コミュニティに基盤をおいた柔軟なアプローチがよい結果をもたらしていることのよい例です。多くの家族は移住よりも、自身のコミュニティを再建することを選びました。ハビタットのコミュニティ開発者の助けを借りて、帰還した家族は、誰が一番に支援を受けなければならないかを決め、元の建造物を基礎にして土地の境界画定を行いました。また、住宅のデザインや政府認可の獲得、建設労働者の募集や組織化もコミュニティが行いました。
他のNGOによって実施されたキャッシュ・フォー・ワーク(Cash-for-Work)プログラムは、ハビタットの建設プロジェクトとうまく機能しました。ハビタット住宅で建設作業に従事することで、コミュニティのメンバーは日々のニーズのために収入を得ることができました。それは経済基盤を再建するための重要なステップでした。またコミュニティは、建設の供給業者のみに依存するよりも、マイクロファイナンスを行うNGOと協力してレンガや窓、ドアなどの建設資材の生産を始めました。津波被災地域の各地のコミュニティにおいて、ハビタット・フォー・ヒューマニティは同様の仕事を行いました。ハビタットの救援事業の要点は以下のようなものです。
津波被災地域の各地のコミュニティにおいて、ハビタット・フォー・ヒューマニティは同様の仕事を行いました。ハビタットの救援事業の要点は以下のようなものです。
| ・ | ハビタットのグローバルなネットワークを利用したボランティア募集とスタッフ採用は、高度な専門知識とインスピレーションと責任をもたらしました。スタッフは多くの国のハビタットのプログラムから、またその他の組織から動員され、建築技術やプロジェクト管理、コミュニティとの関係において高度な専門知識を提供しました。短期のボランティアは現地の建築チームを補強し、長期のボランティア(建築家、エンジニアなど)は専門知識をもたらしました。ファースト・ビルダーズ・プログラム(First Builders program)は、世界の各地から技術を持つチームを派遣し、津波被災直後の生活がいまだ不便な状態だった最初の数ヶ月に、住宅建設を活性化させました。 |
| ・ | 津波救済トレーニング・技術センター(Tsunami-response Training and Technical Centers)では建設資材の製造と、建設指導者や労働者のトレーニングが行われました。スリランカでは、ハビタットのレンガ製造施設が建設現場近くに設置され、運搬を容易にするとともにホームパートナーが生産に参加できるようにしました。同様にして、タイでは屋根用のタイルが製造されました。インドネシアの西海岸には、ドアやドア枠、窓枠、屋根、鋼鉄性補強材のための、ハビタットの製造プラントがありました。 |
| ・ | コミュニティの組織者が、村の自治会や地元リーダー、ホームパートナーとの関係を構築し、プロジェクト長は政府機関や他のNGOと緊密に働きました。 |
| ・ | ドナーやNGOとのパートナーシップが、新たな雇用や学校、水・衛生システムやその他のサービスを支えました。 |
エイズ:静かに家族を破壊していく
今日、アフリカでエイズのために死んでいく6,600人のうちの多くは子供を持つ親です。彼らの子供たちは、基本的ニーズである食糧や衣服、シェルターそして愛などを満たして、自身で生きていくための術を、すばやく学ばなければなりません。2010年には、エイズのために孤児になる15歳未満子供たちが、アフリカで2,000万人いると思われます。
この一年でハビタット・フォー・ヒューマニティは、特に孤児のシェルター・ニーズに取り組む2つのパイロット・プロジェクトを実施しました。
| ・ | 米国国際開発庁(USAID)の資金提供を通じ、「エイズ救済のための大統領緊急計画(President’s Emergency Plan for AIDS Relief)」の一環として、5年間のプロジェクトが行われ、ウガンダ、モザンビーク、ザンビアで4,210人の子供にシェルターを与えています。 |
| ・ | イギリスを拠点とする慈善団体、コミック・リリーフ(Comic Relief)からの資金提供を通じて、南アフリカの孤児家族とともに60軒の住宅を建てます。 |
| ・ | コミュニティの組織者が、村の自治会や地元リーダー、ホームパートナーとの関係を構築し、プロジェクト長は政府機関や他のNGOと緊密に働きました。 |
| ・ | ボランティアや受益者、その家族に対して、エイズ予防やケア・サービス、保険や貯蓄のオプションに関する情報へのアクセスを提供します。 |
| ・ | 相続の計画や不動産相続に関する法的権利に関して家族を支援し、そうすることにより、孤児が世話を受けたり、建設業界で若者が見習いとして働けるよう、これらのコミュニティにおいて家族の能力を強化します。 |
孤児への特別な働き
人為的災害に対応する:
パートナーシップがスロヴァキアのロマ・コミュニティに希望をもたらす
初めてスロヴァキアのスヴィニア(Svinia)にあるロマ・ゲットーを訪れたとき、ハビタットの代表者たちはその絶望的な貧困に衝撃を受けました。いくつかの家族は、ネズミがたかる土製の小屋に寄り集まり、その他の家族はコンクリートの箱のようなところに住んでいました。使える水道や電気もありませんでした。コミュニティの井戸は汚染され、病気になった人々の多くは治療を受けていませんでした。
これらの悲惨な状況の中で、ほとんどのロマにとって40歳以上の寿命は望めませんでした。しかし同じスヴィニアの、ほんの300メートル離れた先のより良い地区では、寿命は、国の平均である女性77歳、男性69歳に容易に達します。
2004年8月、ハビタット・フォー・ヒューマニティ・インターナショナルはロマのコミュニティにおいて120軒の住宅を改修するため、エンバイラメンタル・トレーニング・プロジェクト・スロヴァキア(Environmental Training Project Slovakia, ETP Slovakia)とパートナーシップを組みました。ETP Slovakiaは、コミュニティ強化開発プログラムに焦点をあてた評判の良い地元NGOであり、地元政府とも中央政府ともよい関係を持っています。
住宅改修に加えて、きれいな水へのアクセスや下水システムの改善、スヴィニアの主要道路と住宅とを結ぶ道路の建設を含む、全般的な生活状況の改善が、パートナーシップにより可能となりました。
2005年4月にこのプロジェクトは完了し、以下のような成果を残しました。
| ・ | 住宅改修プロジェクト:120軒が改修され、消毒され、害虫駆除がなされました。138人の参加者が、ペンキや消毒剤、リノリウムのロール、燃料ヒーター/燃料炉のような改修のための資材や、ベッドを受け取りました。すべてのパートナー家族はワークショップでの特別トレーニングを受け、また「住宅改修の基本」の実践的なOJT(職場内訓練)を受けました。建設主任や指導員の監督と支援の下、家族は自身が住む住居をよりよく、より健康的なものにしました。 |
| ・ | 生活状況の全般的改善:既存のすべての井戸が清掃され、消毒されました。新たに2つの井戸が作られ、飲み水システム用の貯水タンクが購入され、設置されました。既存の下水システムは修理され、新たな排水溝が作られ下水システムとつながりました。 |
未来を見据えて:2005年の被災者支援
ハリケーン・カトリーナとハリケーン・リタ
2005年8月29日、ハリケーン・カトリーナがメキシコ湾岸を遅い、1時間当たり1インチを超える降水と時速140マイルの暴風をもたらしました。累計8−10インチの降水量とニューオリンズ(New Orleans)を周囲の湖から隔てていた堤防の決壊により、31日までに町の少なくとも80%が、浸水していました。ハリケーン・カトリーナ単体で、1,200人以上の死亡者と100万人以上の避難者を出したのです。
しかし、これで終わったわけではありませんでした。ハリケーン・リタは、カテゴリー3に格付けされる暴風雨として、2005年9月24日にテキサス州サビン・パス(Sabine Pass)に上陸し、湾岸部に更なる洪水と破壊をもたらしました。
事態に対応して、ハビタット・フォー・ヒューマニティ・インターナショナルは「オペレーション・ホーム・デリバリー(Operation Home Delivery)」を開始しました。これはニューオリンズや他の湾岸地域に対して支援を行い、再建の機会を与えるための3つの段階から成る計画であり、以下が含まれます。
| ・ | 最も深刻な被害を受けたハビタットのアフィリエイトを再建する。 |
| ・ | 住宅ニーズ全体に対応するよう、さまざまな組織や政府、企業、財団、機関に働きかける。 |
| ・ | ハビタットの「箱入り住宅(home in a box)」プレハブ・プロジェクトを通じて、ボランティアや資源を動員する。 |