2008年1月アーカイブ

[バングラデシュ ブアプール発 1月22日 プロジェクト・マネジャー 渡辺 和雄]

上野発の夜行列車おりたときから♪ という石川さゆり『津軽海峡雪景色』を聞くたびに、吹雪にけむる青森の港を思い出す。

IMG_0624%20150.JPG 日本はこの冬、かなり寒いそうだが、バングラデシュの冬景色を書いてみたい。昨日は朝10時になっても霧が晴れず、曇り空がつづいた。乾季だというのに濃霧のなか、雨がぱらぱらきた。建設サイトで竹の家をつくっている作業員はたいへんだったろうが、乾季に雨が降ることはまずない。

それでも霧の濃い朝は、しとしと降る音がする。雨ではない。木の葉に結露した水滴が
したたり落ちるのだ。音だけは雨が降っているように聞こえる。

枝をのばしている木の下にいると降り、そこからでると降っていないという珍現象を発見して首をかしげたものだ。

濃霧のため、10メートル先もみえない。屋上にあがると、遠くの田や畑に霧がおりて、淡い水墨画のような幻想的な世界。昼間には、そこにヤギや羊がでて草を食んでいる。

IMG_0619%20150.JPG日中、地元のスタッフのなかには、半袖で仕事をしている人もいるが、わたしはだいたい冬用のオーバーを着ている。12月初め、東京の自宅から成田まで着ていたものを、そのままここで使っている。

ダッカからここブアプールに来て暮らしはじめた1ヶ月と1週間前に、鼻風邪をひいて咳こんでからというもの、オーバー着用があたりまえになってしまった。

地図で確かめると、ここは石垣島と緯度が同じくらいだ。わたしは4年前の今ごろ、沖縄のNGOで仕事をしていたが、ダッカの北80キロにあるこの地は、那覇よりも少し涼しいくらい。曇っていた昨日とは対照的に、今日は晴れ。ベットに敷いているマットレスを干した。

IMG_0627.JPG冬から春にかけて、暖かくなったかと思うと寒い日もある。三寒四温は、日本ばかりでなくバングラデシュにもあるといっていいだろう。

オフィス兼居室の自分の部屋の裏窓からは、隣家の庭がみえる。天気のいい日には、そこの家族が日なたぼっこをしている。ふと見ると、1個だけ置かれた木製のイスの背もたれに鶏が3羽とまってじっとしている。さかんにヤギの鳴き声も聞こえる。

車に乗っていると、あちこちの田んぼで数人が手分けして田植えをしているのが散見される。春の兆しであろう。
(1月22日)

[バングラデシュ ブアプール発 1月19日 プロジェクト・マネジャー 渡辺 和雄]
建設は、まずは穴堀りからはじまった。

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巻尺で予定地を測量、レイアウトをし、角が直角になるよう調整する。四隅に棒を立て、同時に縦5つ、横に4つ、合計20個の長方形を地面に書いて、鍬(くわ)で掘りだす。深さ50センチメートルまで掘って、直方体の細長い穴をつくり、セメント製の支柱を立てる。20本の支柱が林立したところで、竹を横にわたす。支柱の上部には、竹を縦に固定すれば、一見してこれから家になることがわかる。

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いわば、基礎がコンクリの柱、その上に竹を組んで箱をつくる。さらにその上に、屋根の三角の部分を組みあげるが、これはかなり複雑な骨組みになり、設計図の図面を見ても知っている人が作らないとちょっとムリじゃないかな、という感じだ。
壁には、竹を薄く剥いだものを細かに編んだチャタイというベニア板状のものを使う。
屋根はトタンの波板。日本でも倉庫の屋根などに使われている。

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最初の家が完成するまでに5日かかった。これは予定どおり。
105日のプロジェクト期間は50日を過ぎ、あと2ヶ月を切った。今がちょうど中盤。
プロジェクトを始めたころ、「あっというまの105日間でした、とかいってダッカ国際空港をあとにしたいネ」などと冗談をいっていたものだ。が、本当にそうなりそうだ――。
もっとも「それは120戸ぜんぶ、竹の家を完成してからにして」、というキビしいつっこみが読者の皆様からはいるのは、よくワカッテマス。
(1月19日)

[バングラデシュ ブアプール発 1月3日 プロジェクト・マネジャー 渡辺 和雄]

IMG_0190%20edtd.JPG 竹の表面に出ている節をとるためには、ナタのような道具を使う。稲刈りの鎌を大きくして、ごっつくしたようなものだ。形は旧ソ連の国旗にある「鎌」をご想像いただければ、よいか。
竹の節は50センチおきくらいにあり、これを取るためには結構、手間がかかる。このナタを32本購入して使いまわしているのだが、2週間も続けて使えば、ナタの切れ味が悪くなってくる。
チーム・リーダーが、作業の休みの日に鍛冶屋に持っていく、といいだしたのは4日前。 
イスラム教徒の休日は金曜で、商店なども多くは休む。その日は鍛冶屋さんも休みたいのだろう。では、他の日はどうかというと、金曜以外は毎日こちらの作業が朝から夕方まで続いていて、道具は必需品だ。年末年始、トラック5台が計2500本も竹を運んできたので、切断と節の除去に作業は手一杯。目がまわるような忙しさだ。
 木曜の朝、鍛冶屋さんが自転車でやってきた。
 荷台に積んだ道具を降ろしている。
 それを見れば、ここで鍛冶屋さんが仕事をするの。まさか――、という疑問が自然にわく。
 鍛冶屋さんの出前?鍛冶って、ラーメンやチャーハンを中華の出前でとるみたいにできるっていうわけ。
 チーム・リーダーに聞くと、「そうです」。
 おう。電話を片手に、「チャーシュー麺に餃子を持ってきて。麺は固めで」などと注文したくなるではないか。ダッカの北80キロ、ここブアプールまで30分後に!
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 それはともかく、鍛冶屋さんは道具一式をとりだすと、2本の竹を地面に立てはじめた。
竹と竹のあいだに別の竹を渡し、それにヒモをかけて引っ張ると下においた装置から空気が一方向に出るようにした。その先に炭をおいて火をつける。
 うまく説明できないので、写真を見てほしいのだが、肝心なことは、空気を送る蛇腹(じゃばら)の装置を思いのままに動かして、一定の空気を必要なときに送り、炭に火をおこしておく、ということだろう。ボウッと赤く火が起きた炭に、ナタを入れて熱する。
 ナタがあまり熱くならないうちにペンチでつまみ、電車のレールみたいな台を下に敷いて、ハンマーでたたく。手慣れた動作で、ナタの刃を鍛えていく。
 ダッカ・オフィスから出張できて1週間ほど滞在している西島恵さんが、「わたし、はじめて鍛冶屋さんが仕事をしているのを見ました」
 そういわれてみれば、わたしもはじめてだ。かなり前、時代劇のテレビ・ドラマで見たことがあるような気もする。突然、「そういえばあの空気を送る装置は、ふいごと呼ぶんだよね」と思い出して口走ると、若い西島さんはヘッ?みたいな顔をして、あいまいな相づちをうっただけ。まあ、いいんだけど。。IMG_0369%20edtd.JPG
 鍛冶屋さんは、ものの3時間で32本のナタを仕上げ、来たときのまま自転車に乗って帰っていった。
 これを書いている木曜の夕方5時過ぎ、仕事を終えた作業員たちの話し声が聞こえてくる。金曜の前日、週末である木曜は週払いの給料の支給日。だから嬉しいのだろうが、作業員は50人以上もいるので、やかましいのなんの。書類にサインか拇印を押し、お札を受け取ってから、ひとしきりまた騒いで夕暮れを家路につく。
(1月3日)

[バングラデシュ ブアプール発 12月31日 プロジェクト・マネジャー 渡辺 和雄]

 ダッカで数日間の仕事をおえて、ブアプールに戻るとオフィス前の作業場では、かつてない量の竹が山をなし、池には次から次へと切りそろえられえた竹が投入されていた。
 池に浮かんでいる多数の竹を目にすると、東京湾沿いを走る京葉線の高架から見た新木場付近の風景を思い出す。
 もう10年以上まえになるが、京葉線で都内に通勤していたころ、電車から海に浮かんでいる木材を見るのが楽しみだった。あれは、木材をそのまま船で引っ張れば輸送しやすいからだと思っていたのだが、そればかりでなく、こちらのプロジェクトと同様、防虫や耐久性を増す目的もあるのかもしれない。
 朝から夕方まで、竹の処理にフル稼働している50人以上の作業員の働きぶりを見たのか、竹を扱っている販売業者の来訪が相ついでいる。こちらが、よい顧客になると考えたのだろう、竹を売り込むための営業に来ているのだ。
 でも、このプロジェクトで使用する竹の購入価格は決まっており、量や質などとともにこちらの条件にあわなければ、そう簡単に取引には応じられない。
 待ちに待った最初の竹が届いてから、そろそろ2週間がたつ。12月31日の今朝、さらに500本の竹が搬入された。
 竹の家を120戸、建設するために必要な竹の総数は9000本。
 今年の最終日。日本では大晦日。今晩は除夜の鐘の音は聞けないものの、せめて中天にかかる月を仰ぎながら、来る2008年の幕開けを祝いたい。

(31日の作業の様子)
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(元旦の朝、スタッフがお菓子を配っていた。)
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ご無沙汰しております…
そして日々暑いバンコクより、新年明けましておめでとうございます。
今回はハビタットアジア太平洋地域オフィスの年末イベントについてご報告します。

タイ、バンコクでも11月から1月は一年で一番涼しい時期にあたるそうですが、日中の気温は約25度が平均。日本の年末とは一風変わった年越しムードで街中がにぎわっています。
その理由のひとつは、12月5日の王様の誕生日。普段から王様を尊ぶ国で80歳という記念も加わって、前のつきから街中が電飾や王族の写真で飾られたり当日の前後1週間くらいはあらゆる公園やホテルで打ち上げ花火がひっきりなしにみられました。

アジア太平洋オフィスでは年末、クリスマスパーティを兼ねてちょっと特別なオフィスアウティング(スタッフの親睦を深めるためにそろって出かけるというもの)を行いました。
「おいしい料理を注文してオフィスで過ごすのもいいけれど、そのお金を、自分たちのため以外に使ってはどうか。」というスタッフの提案で、ハビタット・タイが今年から建築を始めるスラム地域の幼稚園でパーティーを開くことになりました。

私たちハビタットの一団は、クリスマスランチに使うはずだった資金でプラスチックのカラフルな室内用遊具と、地元のマクドナルドの協力を得て約70人分の昼食セットを携えて幼稚園に到着。2歳から6歳の子どもたちがマクドナルドのスタッフの先導に合わせて踊ったりゲームをしたりしているあいだ、コミュニティの視察に出ました。

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バンコク郊外にあるこのコミュニティは政府が低所得者層に提供する集合住宅で、古いもので100年近く前に立てられたものもあるそう。ほとんどの家には窓がなく、空調設備も整っていないため、外からの光や空気は明け広げた玄関の扉と壊れた壁や屋根の隙間から取り込みます。むき出しの電気配線には埃がたまり、乾いた木造の壁や屋根のすぐそばで熱を発しています。家々の床下にはごみと排水がたまり、時折、ゆっくりと吹く暑い風にのってやってくるにおいが鼻につきました。

幼稚園に戻り、子どもたちと一緒にハンバーガーを食べたりおもちゃのプレゼントで遊んだりするひと時を過ごしました。そのあとお昼寝の時間にあわせた帰り際、ずっと幼稚園の外で遊んでいた数人の子どもたち(幼稚園に行くことができない、さらに貧しい家庭の子どもたち)あまったおもちゃとハンバーガーを手渡して帰路につきました。

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ほんの1時間弱ほどでバンコク市内に着く帰りの車内で、だんだんと高層ビルや立派な家が増えるのを眺めながら、さっきまで居た場所で暮らす人々のことをどれだけの人が知っているのか、と思いをめぐらせていました。約100家屋の新築、修繕が決定しています。

良いお年を!

中川みみ
ハビタットアジア太平洋オフィス 
広報部インターン

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